日比谷公園

日比谷公園(ひびやこうえん)2015年12月30日訪問

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日比谷公園
江戸城日比谷御門のすぐ外に位置するため、江戸時代には大藩の上屋敷が置かれていた。


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日比谷公園
幕末には北側に御用屋敷・萩藩毛利家・佐賀藩鍋島家、南側には三草藩丹羽家・吹上藩有馬家・
福知山藩朽木家・盛岡藩南部家・唐津藩小笠原家・狭山藩北条家の各上屋敷があった


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日比谷公園
明治4年(1871)日比谷・霞が関の旧武家地一帯に陸軍操練所が設置され、
明治18年(1885)には日比谷練兵場と改称された


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日比谷公園
元々入江だったため地盤が悪く、大規模建築物の建設には不向きと判断された
明治21年(1888)11月、内務省東京市区改正委員会において公園地としての利用が提案された
翌年、日比谷公園整備を盛り込んだ市区改正が告示された


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日比谷公園
明治26年(1893)軍から払下げを受け、練兵場跡地は正式に日比谷公園と命名された


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日比谷公園
造園案は何度か立案されたが採用に及ばず、明治34年(1901)、イツ留学を終えた造園委員の本多静六を中心としてまとめることとなった


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日比谷公園
本多はドイツ式庭園の中に江戸城の石垣を用いた心字池を残すことで日本的な要素を融合させた
明治35年(1902)4月着工、翌年6月1日に仮開園を迎えた


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日比谷公園 松本楼
開園と同年に洋風喫茶店松本楼、和風喫茶店三橋亭(現パークセンター)、
結婚式場高柳亭(現日比谷パレス)、洋風レストラン麒麟亭(現レストランなんぶ)、
植木屋などが出店し現在もある店舗の多くが出揃っている

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